|
|
藤井健仁は、名古屋在住の作家です。日本大学芸術学部卒業(土谷武に師事、卒業時学部賞受賞)、1992年から現在まで東京、埼玉、名古屋で個展を開催、その他グループ展多数、今年の第7回岡本太郎記念現代芸術大賞展では入選を果たしました。
藤井は近現代社会の基底材である鉄を用いて、異なる方向性を持つ3つの制作―近代抽象彫刻を現代に遅延させようとする「EXCULPTURE」、鉄そのものを擬人化する「NEW PERSONIFICATION」、そして、今回展観する「彫刻刑 鉄面皮」―を同時進行し、展開させています。
「彫刻刑 鉄面皮」とは、近現代という、鉄が生み出した状況によってアイデンティティーを獲得、或いは維持している人物達を「鉄」によって立ち現された「人間」であるとし、その容貌を一枚の鉄板の打ち出しによってトレースして行く事でその生の追体験を試み、対象存在への善悪を超えた肯定感さえ抱きつつ、逆に「鉄」にあたえられたアイデンティティーを相殺し、「等身大の生(の彫刻)」に還元しようとする行為であると、藤井は語っています。
今回の展示は、「ビジュアルコラム 鉄・面・皮」としてビジネス誌「JN」、文芸誌「J-NOVEL」(共に実業之日本社)の二誌に渡って連載された,オサマ・ビン・ラディン、金 正日 、麻原彰晃 等、著名人の肖像彫刻シリーズを中心に、ブッシュ、宅間守 などを加え、計17点を出品しております。
|
JK 2001
328×266×147mm iron 個人蔵
|
藤井健仁コメント |
彫刻刑 鉄面皮について
何故、鉄で顔を作るのか
鉄という素材は、兵器や都市、モータリゼーションを加速度的に近代化させた事によって近現代世界の基底材となりました。
近代化によって発生した巨大な権力、圧倒的な貧富の格差、そしてそこに生じる恐怖、憎悪、傲慢・・そうしたものは鉄から派生した物なのです。
いいかえるならばそうした現代の鉄にまつわる事象は人類が鉄という素材から感じられたイマジネーションの発露でもあるのです。
戦艦や剣、そして高層ビル等が「人間」によって立ち現された「鉄」であるならば、近現代という、鉄が生み出した状況によってアイデンティティーを獲得、或いは維持している人物達は「鉄」によって立ち現された「人間」であるといえます。
ですから彼らの顔を彫刻する際に鉄を素材として制作するならば、他の素材(木、石、ブロンズ等)には及ぶべくもない親和性を発揮するのも自明であると考えます。
私の顔彫刻は一枚の鉄板をバーナーで熱しながらハンマーで叩いて造ります。ですから表面があるだけで中身は空洞です。
顔彫刻を制作する際、鉄板の表と裏を叩いていくのですが、内面や精神性によって形成される部分は 裏側(内側)から、外的要因及び社会性によって形成 される部分は表側(外側)から叩いて造形します。
丁度それは実際に人物の風貌が形成されていく様と同じであり、内と外が拮抗する境目である顔の表面こそ、個 の存在の在処であるという事が制作手法にも反映されています。そしてその個人の存在そのものとも云える表面の起伏をトレースして行く事はその生の追体験でもあり、対象存在への善悪を超えた肯定感さえ芽生えて来ます。(ある種の愛情に近い感覚かもしれません)
けれども彫刻がそのモデルの人物に「なった」か否かは、 ある種の殺意に近い感情によって判断します。人物の頭部状の彫刻をハンマーで打ち据えてて行く中で、像がモデルとのシンクロ度が高まってゆき、一瞬、そのモデルの人物に対して害意を伴った暴力を振るっているかのような錯覚を得る事が出来、そこで作業を終えることが出来ます。
この様な彫刻を造る為には殺人を可能にする量とほぼ同じ労働量を必要とするのかも知れません。「存在の肯定(愛情に近い)」や「殺すこと」、それらが「造ること」が同義語となった地点に立つ事によってはじめて像が完成できるのです。
これらの顔彫刻は人間が直に接する間合い(親和的関係での間合い、もしくは直接害せる間合い)での気配を再現しようとします。そこには地位や権力等の属性が及ばない、全方向からあけすけに見渡し、眺めることの出来る「単なる個」、「等身大の生」しか存在しません。
この制作は、彼らモデル達の姿を「鉄」を媒体として顕すことによって逆に「鉄」にあたえられたアイデンティティーを相殺し、「等身大の生」に還元しようとする行為であります。
私に撲殺されるかのようにハンマーで叩かれて造形され、そして見おろされ、眺め回される位置に置かれる像とされること・・・これは私がモデル達に出来るささやかな「刑」でもあるのです。
本作、彫刻刑「鉄面皮」においては、個々に作られた頭部を「さらし首」状に配置しました。
「さらし首」と、人物顕彰碑(いわゆる銅像)とは対称をなす物ですがそこに載せられる人物が時代や地域によって異なるだけであり、実際には同じ内実を持つ物と思います。
この作品は世界中に存在する彫刻の大多数を占めているであろう、人物顕彰碑へのオマージュでもあるのです。
2003・6・14 藤井健仁
|
藤井健仁略歴 ※藤井健仁HPはこちら |
|
|
1967 |
愛知県 名古屋市に生まれる
|
1992 |
個展 愛宕山画廊 、東京 |
1999 |
新世紀人形展 ストライプハウス美術館、東京 (日向あき子賞)
|
2001 |
個展 Gallery APA F2 、名古屋 |
|
個展 Art Collection Nakano 、名古屋
|
2002 |
個展 Gallery APA F2 、名古屋 |
|
個展 PORT DES ART 、東京 |
|
ビジュアルコラム「鉄・面・皮」をビジネス誌 JN[実業の日本]に連載(1月号より3月号迄)その後J−novel(実業乃日本社)にて2002年7月号より2003年5月号まで連載
|
2003 |
個展 「NEW PERSONIFICATION」ストライプハウスギャラリー、東京
|
2004 |
第7回岡本太郎記念現代芸術大賞展入選、川崎市岡本太郎美術館 |
|
個展「彫刻刑 鉄面皮 Sculpture Punishment」 ストライプハウスギャラリー 、東京 |
OBL 2001
449×185×138mm iron 個人蔵
JWB-2 [PLANET BUSH] 2004
385×286×176mm iron
KJ 2002
320×245×160mm iron,plustic
|
■宮台真司 S.Miyadai
|
いま私たちは鉄の声を聞くことで三島や麻原を超える
〜藤井健仁「彫刻刑 鉄面皮」展覧会に寄せて〜
【モダンアートとは何か?】
いま私の手元に二つの「鉄面皮」がある。麻原彰晃と三島由紀夫。私が所望した。二人とも「内在」ならぬ「超越」を志向した。人々を「超越」へと向けて方向づけようとした。「内在」とは〈世界〉の中にあること。「超越」は〈世界〉を超えていること。
内在と超越の二項図式は神学の概念だが、〈社会〉の中にあることを「内在」と呼び、〈社会〉の外の〈世界〉に触れていることを「超越」と呼ぶ用法もある。両方とも、暗黙化された全体性を境界づけ、超えようとする志向に関係する。
〈世界〉とはあらゆるものの全体。〈社会〉とはコミュニケーション可能なものの全体。古い社会では両方は重なる。私たちの社会ではコミュニケーション可能なのはヒトに限られ、〈社会〉の外にコミュニケーション不能なものからなる〈世界〉が拡がる。
芸術とは何か。極北はモダンアートだ。アンディ・ウォホールのキャンベルスープを見よ。これらは美術館に展示されるからこそアートになる。つまりアートは文脈に依存してアートになる。存在するべき場所(美術館)にあるからアートになる。
音楽の存在が期待されるコンサートホールという場所だからこそ、そこでは音楽の不在がアートになる。ジョン・ケージの「4分33秒」だ。これを「アートの制度性」と言う。二〇世紀のアートはこの制度性を自覚した上、あえて逆手に取ろうとした。
分かりやすい例が「音」と「音風景」の差異。ないし「音楽」と「音楽のある風景」の差異。音楽を自体的に享受するより、場違いを含め、ある場所で音楽が流れているという事態を享受する。校庭で各所から聞こえるバンド練習の音の混じり合いを楽しむように。
これは直ちに批評に繋がる。難しいことではない。音風景を享受する態度をとるや否や、音と雑音の区別や、音楽と非音楽の区別の自明性が崩れ、全て等価となる。同じく然るべき場所と然るべからざる場所の区別の自明性も崩れ、全て横並びとなる。
その結果〈社会〉の自明性が崩れる。コミュニケーションが分節する自明性が崩れる。「ヒトのなす区別」の当たり前さが崩れる。〈社会〉の外の「端的なもの」が出現する。「そういう〈社会〉がある」という、〈社会〉に回収できない「端的な事実」が露呈する。
そのことを通じて、私たちは〈社会〉に閉じ込められていたことに気付く。それまで自分が解放されたと思っていても、ソレを解放と呼ぶ〈社会〉に閉じ込められていたことに気付く。「ヒトのなす区別」の内側に閉じ込められていたことに気付く。
もちろん私たちは「ヒトのなす区別」の外側に出られない。従って〈世界〉の全体性を手中に収めることは論理的にあり得ない。だが、私たちは普段そのことを意識せずに生きる。しかしヒトにはそれを意識したくなるときがある。何もかもウンザリだからだ!
【鉄人形は「モダンアートな体験」を超える】
人形(にんぎょう、または、ひとがた)は、ヒトであってヒトでないという両義的な性格ゆえに、古来、〈社会〉の「弱い場所」、ないし、〈世界〉へと開いた窓として受け止められてきた。つまり、人形は〈社会〉に置かれるには危険な物体なのだ。
人形は〈社会〉に「闇の力」を引き込むものだと考えられてきた。〈社会〉すなわち人間関係から来る「横の力」には還元できない〈世界〉から来る「縦の力」を呼び込むものだとされてきた。アートと異なり、人形はどこに置かれていても「力」を発揮しうる。
人形の「力」を偏愛する私は、小さい頃から数々の人形劇を見続けてきた。大人になってからは文楽や糸操人形(結城座)の浄瑠璃を見続けている。天野可淡や山吉由利子の人形展があれば出かける。フィギュアのワンダー・フェスティバルにも出かける。
藤井健仁氏の1999年の作品「海から離れて」(日向あき子賞)を一目見た私は、この鉄人形の「力」に感動した。以降この鉄人形は私のベッドの横に立ち、いつも私のことを見下ろしている。
この鉄人形が与えてくれるものは、私の人形体験の中でも特異だ。それは、素材があからさまに鉄であること、どうみても鋳物には見えないことに関係する。この人形は、「人形についての体験」と「鉄についての体験」とを二重に与えてくれるのだ。
「人形についての体験」は先に述べたように場所に依存しない。ところが「鉄についての体験」はモロに場所に依存する。私たちは普通の生活で、鉄がこうした形で存在するのを目撃することはあり得ないからだ。その経験は文字通り「シュールレアル」だ。
私たちの知る鉄は、鉄橋や鉄塔であり、ビルの鉄筋や鉄骨であり、自動車や船舶の素材だ。そのようにある限り、鉄は私たちが慣れ親しんだ〈社会〉に舞台装置として溶け込む。私の寝室にある鉄人形は、「場違いな鉄」だから、〈社会〉に溶け込まない。
その結果、〈社会〉すなわち「ヒトのなす区別」の当たり前さが崩れる。私たちが「そういう〈社会〉を当たり前だと思っている」という、〈社会〉に回収できない「端的な事実」が露呈する。いわば「モダンアートな体験」が生じる。
ただし通常ならそこで「私たちが」自明性の檻に閉じ込められていたことが明らかになって終わる。ところが「場違いな鉄」が鉄人形という形をとることで、鉄自身が「閉じ込められていたのはお前らヒトじゃなく、俺たち鉄だ」と主張し始める!
【史上初めて「鉄の声」を聞く私たち】
いま、私の目の前にある三島由紀夫と麻原彰晃。二人とも「超越」を志向した。〈社会〉ではなく〈世界〉を志向した。言い換えれば、「ヒトのなす区別」の向こう側を志向した。その二人が、いま「鉄面皮」という形をとって、私の目の前に存在する。なぜか。
私をいろいろな妄想が襲う。二人ともヒトが「ヒトのなす区別」のこちら側に閉じ込められてあることに苛立った。私もいつも苛立っている。二人はいわば、私のような者どもの声を聞いてはいる。だが、二人は、鉄の声には耳を傾けただろうか。
冒頭に述べたように、かつてはどこでも〈世界〉は〈社会〉だった。ありとあらゆる全体がコミュニケーション可能だった。部族段階におけるアニミズムやトーテミズムのことだ。私たちはヒトの声を聞くように、木の声、水の声、石の声、「鉄の声」を聞いた。
いや、違う。歴史の教えるところによれば、どの部族社会も、「スキタイの鉄」を手にするや、ほどなく部族段階を脱してしまい、木の声、水の声、石の声を聞かなくなる。先人たちは世界中どこでも、「鉄の声」に限って、これを聞いたかどうかが微妙なのだ。
私(たち)がこれらの「鉄面皮」を通じて、あるいは私の寝室にある「海から離れて」を通じて、「鉄の声」を聞くのだとすれば、だから人類史上初めてのことだ。私(たち)は史上初めて、鉄が鉄の望む場所にあるのかどうかについての「鉄の声」を聞くのだ。
三島や麻原といえども、鉄が声を発していることに気付かなかっただろう。結局彼らも「ヒトのなす区別」の自明性によって耳を塞がれていたということだ。とすれば、いまここで鉄の声に耳を傾けている私は、彼らよりも自由だ──などなど妄想は拡がる。
こうした妄想系列に従えば、いま私たちに声を届けようとしている鉄が、三島由紀夫、麻原彰晃、金正日、浜崎あゆみ…といったカリスマの人形(ひとがた)をとることは、大いなるアイロニーと言うほかない。私(たち)はそこに「鉄からの嫌がらせ」を聞く。
近代社会学の父マックス・ウェーバーに従えば、カリスマとはすなわち、金力や武力などの属性(=横の力)には還元しえぬ非日常的資質(=縦の力)だ。しかるにカリスマを帯びるとされる先の者どもは、真に「横の力」から自由か? 鉄がそう問うてくる。
「ヒトのなす区別」によってヒトに加えられた恣意性の暴力にのみ敏感で、「ヒトのなす区別」によって鉄に加えられた恣意性の暴力に鈍感な者どもが、「自らはカリスマを帯びたる者なり」と自称するのか? これは滑稽千万。不遜極まりないではないか。
そういうわけで、このたび鉄は、鉄の声を聞かずしてカリスマを自称した者たちを「鉄面皮の刑」に処するに至った。当然だ。それが、三島由紀夫と麻原彰晃が「鉄面皮」とはいう形をとって私の目の前に存在するということの意味なのだ。
元々「根が眩暈系」の私は、小さい頃からヒトではない様々なモノが発する声に耳を傾けてきた。人呼んで「空耳野郎」だった(笑)。たぶん鉄は、そんな私をこそ仲間だと思ってくれるのではないか──などと妄想が尽きない。私は変かもしれない。
|
SA 2002
322×343×310mm iron 個人蔵
作品写真:堀勝志古
|
|