写された幕末写真展
第一部 新しい国を模索したサムライ
2004.01.07-30
※幕末展関連
 わずか150年ほど前、今の日本からは信じられない時代の日本があった。幕末である。自ら世界を遠ざけ、鎖国を続けた江戸時代の終わりは260年続いた徳川の終焉だった。士農工商の身分制度に守られた江戸城中心の将軍システムはついに薩長連合によって崩壊し、明治が始動した。明治政府による廃藩置県により幕藩体制が廃止され、廃刀令によって武士は下野した。明治は武士を捨て新しいヨーロッパ型の文明国家を目指した明日の企業人と、武士を貫こうとする国学の道に姿を変えた政界人とに分かれた。明治とは何であったのであろうか。いま、日本はすべてのシステムが停滞し、出口が見えない。このようなとき、幕末、明治期に写された貴重な写真群が今日の日本の出発点を物語っている。

洋服姿の15代将軍徳川慶喜(Tokugawa Yoshinobu)

武家屋敷(現在の港区白金)

 幕末の剣豪達
 幕末三剣士の筆頭とうたわれた神道無念流斎藤彌久郎(Saito Yakuro)篤信斉、和歌山藩脱藩浪士陸奥陽之助(Mutsu yonosuke)〈宗光〉、西南戦争時に熊本城を守った高知藩士谷干城(Tani Kanjyo)新陰流三剣士の一人榊原鍵吉(Sakakibara kenkichi)(明治元年下谷車坂に道場を開く)、長州藩士田中光顕(Tanaka Koken)(文久年間:1861-63撮影)

益田進(Masuda Susumu)(16歳、後に三井物産創始者)
文久使節団員通訳担当、パリにて撮影。

慶応四年江戸城明け渡し
 慶応4年(1968)4月11日、幕府は江戸城を明け渡した。江戸城本丸書院門に集まる官軍兵士。こうもり傘をさし小姓を従える一軍の長。
日本統一国家はここから始まった。

〈東京新聞 2004.02.04夕刊掲載〉

新しい国を模索したサムライたちの肖像
幕末写真に刻まれた近代日本
塚原 琢哉

 46年ほど前、私の父がアソカ書房という小さな出版業をしていた当時、石黒敬七氏の古写真コレクションの中から幕末明治期のものを編纂し、写された幕末という本を出版した。私は写真学校を卒業したばかりだったが、黄色く変色した幕末写真の複写を担当した。写された幕末は全四刊、日本では初めて出版された目で見る歴史書として話題になった。この本が幕末の時代考証に役立ち、時代劇の風俗も大きく変わったと当時の映画人から聞いた。第一巻が書評で絶賛されたことから、家族編集スタッフは続編の出版を準備し、幕末史に重要な係わりを持った人たちの子孫を訪ねて古写真の発掘を続けた。徳川の御三家、新藩、また薩長土肥の末えいを訪ね九州地方を回り、貴重な幕末写真を収録することが出来た。
 幕末、すなわち江戸三百年の終焉であり、明治維新の激動の時代を歴史に残した。そして、その後の日本の変わり目ごとに常に振り替えって話題になる。昨年は江戸開府四百年を迎え、突如としてサムライブームが起こった。火をつけたのがアメリカ映画のラストサムライだった。東京都写真美術館では「士(さむらい)ダンディズム」展。スカパーテレビのヒストリーチャンネルは、さらばサムライ。そして、今年のNHK大河テレビドラマは新鮮組である。それらの企画からは、どれも今日の疲弊した日本の状態から脱皮したいという意図が伺われる。しかし、どれもアブナイない感がある。スマップの好青年が主演する近藤勇の新鮮組、サムライのノスタルジー、忠義と武士道など、やはり老人が伝えたがる日本の美談なのだろうか。いま、小泉政権の元でイラク派兵と北朝鮮との難問に対処する動きがある時、サムライの美談を若者目当てに企画する目的は何か。偶然ではあるまい。日本人の心とか、魂といってかつての暗い時代を甦らせる事にはならないか。明治を迎えて廃刀断髪令が下り、サムライは刀を捨てた。文久三年、欧米の大国から横浜の開港を迫られた徳川幕府は、鎖港談判を理由に幕藩武士三十四人をパリに送った。多くは十六才を筆頭に若いサムライ達であった。将軍徳川慶喜はもはや外圧をはねのける事など出来ないと悟ったのだろうか、使節団随員となった未来あサムライに西欧文明の刺激を受けさせたのではあるまいか。やはり、使節団一行はオペラ座近くのホテルに泊まり、見るものすべてに驚嘆しカルチャーショックを受けたのである。私がそれらの写真を暗室で引き伸ばしていると、大小の刀を携え、きりりとした若いサムライの肖像の襟元には白いワイシャツがのぞき蝶ネクタイが締められている。また、ちょんまげの剃り上げは長く伸ばされている。彼らはすでに江戸の終わりを感じていて、未来の日本を話し合っていたに違いない。彼らこそ刀を捨て明治に企業を起こしたサムライだった。三井物産、八幡製鉄、慶応義塾など、産業、教育、情報の近代化をめざしたサムライの肖像写真には熱っぽく日本の未来を模索している表情が写っている。


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